maridinger:
“ これは優れもの! ドアのカギをかけたかどうかが分かるカギ -Keyhole | コリス
“Keyholeは未施錠は上部がレッドで、施錠するとグリーンになるので、外出先でもカギをかけたか確認できます。” ”

maridinger:

これは優れもの! ドアのカギをかけたかどうかが分かるカギ -Keyhole | コリス

“Keyholeは未施錠は上部がレッドで、施錠するとグリーンになるので、外出先でもカギをかけたか確認できます。”

鍵をかけたのか気になって、家まで駆け戻ることがよくあるので、これは欲しい。

“「何で撮り鉄は鉄道そのものに対してリスペクトのカケラもないわけ?」という疑問に対して、「そりゃ連中の本質が鉄道クラスタじゃなくて写真クラスタだからだ」という回答を見て、割と腑に落ちた記憶が”

(出典: imposetonanonymat)

来た来たー! 30年前に売り出された今年のカレンダーだぜ!

over-sleep:

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鉄谷大地 さんのツイート

(出典: twitter.com)

■海外のエロマンガ事情調べてたら
 結構エゲつないサイトに多くぶちあったったので、別に日本が特段最前線敵にヒドイわけじゃないんじゃないのという気もしてきた(四肢欠損系、殺害系多い)。そしてゾーニング必須というのは強く思った。”
“「韓国側を擁護する」という結論が先にあるから
ロックオンの理由付けが無理筋になる”
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1546415262/
【韓国レーダー照射】法政大学教授・山口二郎「私の想像。北朝鮮救助作業中、接近してきた自衛隊機がうるさくてレーダー照射した」★2
(via worldwalker2)

26: 名無しさん@涙目です。(アメリカ合衆国) [ニダ] 2019/01/02(水) 22:15:32.85 ID:UiNxFvBB0
ジジイが10年かけて、すごい美味いイチゴの新品種を作り出す。

韓国人が、絶対他人に譲らないからウリにも作らせてと懇願。

ジジイ、熱意に負けてその韓国人だけは生産することを許す。

韓国の4割を占めるほどの人気品種に。

ちょ、おま、なんで流行ってんの、分けるなって言ってんやろがー!

ウリは分けてないニダ。親戚が勝手に配ったニダよ。
ウリはルール守ってるニダよ、ウリはね。

ジジイのイチゴと別の品種を掛け合わせたイチゴが
韓国のイチゴとして正式に登録される。

これでもうジジイには1円も払う必要すら無くなったニダw
http://dametv.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/l-55f1.html


結論。韓国人は信じるな。信じる方がバカ。


190: 名無しさん@涙目です。(北海道) [CN] 2019/01/02(水) 22:49:03.17 ID:h1Ovff/p0
>>26
ジジイに同情できる部分が見当たらない

「自分にできる最善は尽くしたと思います。何度見ても、あれ以外の選択肢はなかった。ファウルもできなかった。だとすればあのカウンターを止めるにはどうすればよかったのか……」


そんな思いを抱えていた時、対戦した磐田の名波浩監督に声をかけられた。


「あの時間帯で、あそこまでスプリントしていた日本人がいたのをオレは誇りに思う」


日本が初出場した98年フランス大会の「10番」の言葉に、昌子は前を向く。


「あれに追いつくために、4年間頑張るしかないんだと思えた。1秒ぐらいの、足が届くか届かないかぐらいの差をどうやって埋めようかと考えますし、今でもその答えは見つかってない。4年後にも見つからないかもしれない。でも、僕らのように経験した選手だけじゃない、見ている選手にも同じ思いがあるなら、日本は強くなるんじゃないかな」


昌子は、もうあの夢を見なくなった。世界の背中を追いかけ走り抜いた80メートルは、4年後のカタールW杯への助走になる。

2-2の同点で投入されたベルギー戦も、試合の主導権を奪い返そうと相手ゴールに迫った。最後のCK直前には、8年前のデンマーク戦での無回転FKを彷彿させる一撃を繰り出した。初戦、セネガル戦同様、本田が試合を決めるかもしれない。共に戦っていた仲間も、ファンもそう信じ、念じていただろう。


「ベストを尽くしたという思いはある。仲間にありがとうと言いたい。最後に自分が結果を出せなかったという事実はある。それでも、実力を出し切ったという意味で、悔いはない。究極論を言えばね、小さい頃からW杯のため、このためだけに、僕はサッカーをやってきたから」

コーチの手倉森誠は、本田圭佑がCKを蹴ろうとした瞬間、ベンチから叫んだ。


「蹴っちゃダメだ!!」


しかし、CKはGKクルトワにキャッチされ、ベルギーのカウンターが始まった。
それでも仕留めにいった選手たちを責めてはいない。


「気持ちは十分すぎるほど分かるんだ。延長になれば、ベルギーにやられる可能性は高いし、準々決勝の相手がブラジルということも決まっていた。ベルギーと120分戦えば、間違いなく消耗する。たとえ勝ったとしても次のブラジル戦で惨敗する可能性は高い。でも、ベルギーも同じことを考えていたんだよ、延長にはしたくないってね」


この時点でベンチも選手も、次戦はメキシコに完勝したブラジルになると知っていたのだ。
ピッチの流れは間違いなく日本にあったが、手倉森はなぜ「蹴るな」と言えたのか。


「アギーレから聞いていたんだ。ビッグゲームの前半終わり5分と後半終わり5分は、点を取りにいってはいけないって」


ハビエル・アギーレはブラジルW杯後の2014年8月から2015年2月まで日本代表の指揮を執ったメキシコ人監督だ。当時U21日本代表監督だった手倉森はA代表のコーチを兼任していた。


「強豪相手に仕留めにいくと、向こうはこっちが出てくるのを狙っているから、やり返される。逆に、点を取られないようにしっかり守っていれば、焦った相手が出てきてチャンスになることもあると。その言葉が頭をよぎったんだ。結果として、まさにアギーレの言っていたことが起きてしまった」

633:2019/01/01(火) 14:53:18.35ID:0Avx0w9Qx.net
お前ら気付いてた?

この試合のメイウェザー

マウスピースしてないねん

 2014シーズン後に契約満了となり34歳で徳島を退団した。合同トライアウトに参加し、現役続行の道も探ったがスパイクを脱ぐ決断をした。


「今は40歳手前までプレーしている選手が増えていますが、当時は30歳を超えたらベテランという扱いでしたよね。それに勝手に影響を受けて、自分で引退の線を決めてしまったのかもしれません。就職活動をするにも35歳までに動いた方が良いのではないかと、こちらも自分で線を決めていました」


 ヴォルティス徳島のホームページに「引退のコメント」を出してもらった後の1週間はほとんど眠れず食事も摂れなかった。セカンドキャリアを考えて、不安を覚えたのだ。
 これまでの千代反田の選択は、全てサッカーのことを考えてのものだった。しかし引退直後は「サッカー」という絶対的なものがなくなり、何を選択していいのか見当がつかなくなった。


「後悔はありませんでしたが、『これから何しよう?』『サッカーしか続けてこなかったのに本当に辞めるの? でも発表したしな』と今後の不安で頭の中がグルグル回っていました」


 そんな中、当時、名古屋グランパスGMだった久米一正から声を掛けられる。グランパスでスクールコーチをすることになったのだ。


「トライアウトを受けていた時に、誘われていたんです。自分は指導者向きではないと思って断っていたんですが、妻から『決めつけているだけで、もしかしたら教えるのが好きかもしれないじゃん。やってみれば』と言われ『そうかもしれない』と思い久米さんへ電話しました。『このタイミングか』と言われましたが(笑)、入れてくださったんです」


 子供たちの未来に携わる仕事だったので、一生懸命に指導したが、ワンシーズンで辞めた。サッカーの世界以外のことが知りたくなったのだ。


「就職活動の仕方が全くわかりませんでしたが、正月から手探りでリクナビやマイナビに登録してみました。名古屋の不動産会社の面接に行って、選考の一環として何日か社員の営業に同行したりしました。
 あるテレビ局の募集を見つけたこともありました。課題を何度も書き直して出したら書類選考に通ったんです。興奮していたら、妻から『面接まではだいたいの人が進めるから』と言われ、全く何の準備もせずに面接に臨んだんですよ。部屋に入ったら5人くらい座っていて役員もいましたが、入社したい細かい理由も用意しておらず、結果ボロボロでした。
 後ほど知ったんですが、面接に進めたのは1000通以上の中から20人くらいだったみたいで、妻に文句言いましたよ(笑)」


 ほかにも多くの企業の面接を受けたが、この年齢での就活は千代反田にとってサッカー以上に難しいものだった。「志望理由など文章ひとつ書くのにも苦戦しました。大学時代の先輩などに企業へ提出する履歴書などを添削してもらったりしてましたよ」と悪戦苦闘しながらも就職活動を続け、アサヒビールへの入社を勝ち取った。


「サッカー選手は引退後に指導者やサッカーに関わる仕事に就く人が多いですし、そのぶん競争も激しいです。その一方で引退したアスリートで大きな会社に進んだ人は少ない。僕がアサヒビールで活躍することで、微力ながらセカンドキャリアの選択肢を広げたり、アスリートの価値を高められたら嬉しいです」


 ただ、実際に社会人生活を始めると「かつての高校サッカーのスター」、「元Jリーガー」という肩書は、ほとんど生きないと知る。「東福岡のレギュラーで、Jリーガーだった千代反田充」だと、ほぼ気づかれないのだ。


「(気づかれるのは)半年に1回くらいですかね。名刺を見てもらったり、相手が知らなくても一緒に行く同僚が『元サッカー選手です』と他己紹介で気づいてもらえるくらいです。その時はJリーガーではなく“どのJリーグチームにいたの?”って聞かれるくらいで、東福岡なんだという会話になります。でも理想はそういうのと関係なく、普通に仕事できるようになりたいんですけどね。まだほど遠いです」


 現在の仕事はいわゆる営業担当。酒販店(酒屋)さんなどをまわり、他社製品が入っているところをアサヒビールに変えてもらったり、すでに扱っていただいている店舗へルート営業するなど、関係づくりに励んでいる。


「2016年4月入社ですので、次の4月で丸3年です。最初の頃は全く分からず、営業帰りの駅で『この後、どうしよう。何やるんだっけ?』とフリーズしていました(笑)」


 それでも千代反田は、サッカー人生で失敗しても周囲からのアドバイスに耳を傾け、自分なりに前に進んできた。そうして培ってきた姿勢と今の経験から、現在サッカーをしているプレーヤーたちに伝えたいことがあるという。


「現役時代は、競技に集中しようと外部の方々と会うことは極力避けていたんです。でも就職活動や仕事では多くの人に会い、コミュニケーションをとっていく必要性を感じています。だからこそ、今サッカーをやっている人には『練習以外の時間をもっと有効活用しよう』と伝えたいですね」